私のお気に入り

『春に』

この気もちはなんだろう
目に見えないエネルギーの流れが
大地からあしのうらを伝わって
僕の腹へ胸へそうしてのどへ
声にならないさけびとなってこみあげる
この気もちはなんだろう
枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく
よろこびだ しかしかなしみでもある
いらだちだ しかもやすらぎがある
あこがれだ そしていかりがかくれている

『春に』 谷川俊太郎より一部抜粋

毎年、木々の新芽を見つけると、この詩を思い出します。中学生の頃、教科書に載っていました。今も載っているのかな?合唱曲としても扱われていました。

「枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく」

きっと自分のこころと新芽が同調するのでしょうね。10代の頃って、身体的にも精神的にもとても大きな変化が起こります。これから大きく変化していくエネルギーを蓄えた、まさに新芽のような状態。身体・こころ、それぞれに向かっていくすごく大きなエネルギーを内面に抱えて、いろんな矛盾・葛藤が奥の方でうずうずしている感じです。

授業で初めてこの詩を読んだとき、「なんて詩なんだろう。」と感じました。「なんて」の後に続くのは、「素敵」とか「美しい」とかそんな言葉ではなく、ただただ圧倒されたものに近かったと思います。人間のこころの世界を全て言葉で表現することは不可能だと思います。言語にすることで、その世界を切り取っていることになりますから。でも、谷川さんの詩は、どこまでも捉えようのないこころというものを、限りなく近づけ外界に表出させた感じがして、それに圧倒されたのかも知れません。

ここには載せていませんが、後半の方の好奇心が掻き立てられている描写も好きです。一般的に思春期のときの心情を表現していると言われていますが、誰しも自然の一部ですから、春になると少なからずこんな気持ちになる方もいるのではないでしょうか?私も、冬が終わり、春がやってくると無性にどこかに出掛けたくなったり、好奇心が増す気がします。あ、でも、季節は問わず好奇心は10代の頃より増しているかも知れません。学生時代は、教科書内容を暗記すればそれでいいと思っていたので、本なんて全く読んでいませんでした(^ ^;)本を読むようになったのは本当にここ最近なのですが、興味のあることを学ぶのって楽しいです。

そして何かを知ると必然的に知らない何かにも触れることになるので、世界に溢れる「知」の多さにも今更ながら気づきました。ソクラテスのいう「無知の知」の意味が少し分かった気がする今日この頃です。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。